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Boeing 737-800に乗りたいP訓練生のブログ

現在ニュージーランドでパイロットの訓練をする若者のブログ

経験できること

最近響く言葉があった。

「若いときの苦労は買ってでもしろ!」と。

 

実際買うかどうかは微妙としても、若い時の経験はしなければしなかったで、多分いい年した大人になったときに困るぞ、だから沢山の経験をしろ、ということなんだろう。

 

 

 

自分は大学の時にアルバイトは極力しなかった。

当時考えがあった。それは、「大学に在籍するという"時間"を親に与えられている」ということ。親は自分の為を思って、大学に行かせてくれたし、そのためにお金を使って「時間」を与えてくれた。という。親がお金を出して自分の時間を買ってくれているのに、自分がしょーもないはした金を稼ぐために親の好意を無下にするのはどうか、と本当に思っていた。そういうワケで、アルバイトというものには手を出さなかった。

 

宿題もテキトーにやる、サークルばかりに興じている、授業にさえ出ない、サボりは平気...なんて学生は世の中たくさんいるわけで、確かに大学といえど学校で、自分が「そうしよう」と思った方向に動いていく。授業なんかどうでもよければそう動いていくし、授業に積極的に出ようと思えばそう動く。

 

就職活動の時になって非常に困ったのはこの時の決断のせいだった。

アピールすべきことがナーイ。前に書いた「ネガティブ」でもそうだが、自分のネガティブさゆえに、もともとそんな自己肯定感は強くない。ただでさえ、アピールしにくいのに、さらに経験も薄めと来たものだ。さー就活という壁は手強い。

 

自社養成含め、航空業界はたくさんの企業を受けた。受けられるだけ受けたと言っても過言ではないくらい。自分の無い経験を絞り出してみたものの、やはり航空といえば人気の企業が多いくらい。逆に「人が足りない」と嘆いているような会社は少ない。それでも内定として決まる企業は無く、最終的に、「ここに座を据えよう」と思った企業は、短期アルバイト(計48時間..)でお世話になった人事兼営業のおねーさんの会社。百貨店やらショッピングモール、路面店も、色々出店している会社で、そこのイチ販売員として雇ってもらったのだった。面接もほぼ無いも同然だった。

 

就活では、そういう「ツケ」があったんだろうなと思った。と同時に、ある種自信過剰な自分は、ビジネスとして戦力になりうる人材を会社は欲するのは当然だと思ったが、それを「大学の新卒」に求めるのは違うと思った。何故なら大学はビジネスの戦力になりうる人材を養成する機関ではないから。大学でひたすら真面目に授業に参加して知見を広げる努力をして、語学力を高めたとしても、それは「戦力になりうる人材」ではないのだと痛感した。

 

働く経験は初めてだった。例外ももちろんあるものの、比較的「働く」ということが好きだった。新しい体験だったし、大学にこもっていても分からないことは数多あるものだと思った。その会社で契約社員のような感じで働いていたこともあって、将来は社員として働きたいという望みをずっと人事に言っていた。それを聞いた配属先の店長はとても冷酷なくらい自分に厳しかった。厳しかったからこそ、見えてきたものもあった。そもそも働いている上での「意識」ってなんなんだろう。とか、みんな「何を考えて」働いているんだろう。とか。働いている身分で「できること」ってなんなんだろう。とか。

 

知らないことだらけだった。まるでその時は赤子のよう。すべて見るものが無知。何もわからない。その中でどうしていかなければいけないか。等々。

少し真面目にならなければいけなかったり、物事すべき順序を考えながら動いたり、日々課題を発見する努力をしたり、(日本社会では少なくとも)先輩という存在を立てなければいけないし、人との付き合い方―協力を求めるべきところは容赦なく協力を求めなければいけないし、欲されている時はそれに全力で応えるといった―も知ったし、その後のアルバイトでも生きてくる経験を沢山した。

 

 

その小売は一見「和やかそう」って言われたり、「高級感」が売りであったりはするものの、働く側は、意外と売ってるだけに見えても力仕事も多いし手さばきは全力で早くすることが求められていたし、一人のお客さんと接している間も次のお客さんがいることを視野に入れなければいけなかたり...と意外と大変だった。

 

苦労を欲して入社したわけではない...が、やらなければ見えてこないことの多さっていうものにすごく気付かされた。

 

若い頃はどうしても、経験が少ない。経験が少ないがゆえにわかってくること、見えてくることも少ない。このまま年を取れば、結局「年を取ったのに」経験がない、中身がない、人間として薄い、ような人になる可能性がある。だから、「若い時の苦労は買ってでもしろ」なんだと思う。何でもチャレンジしてみたり、体験してみることで見えてくることは1つでも2つでもあるんだろうなと。それが今後の人生の厚みを増すきっかけになるんだろうなと。

 

とは言うものの、自分は就活時にすごく頑張っていた同郷の女の子のように「何でもやります!」という人間ではない。じゃあ自分が経験できるにはどーしたらええ。というところで、「やりたいこと」を懸命にやってみて、なんか見えてくれば良し。という風になった。日々、同じことをしていても何か発見があったり経験になるようなことがあればいいのだが。

 

おわり。