Boeing 737-800に乗りたいP訓練生のブログ

現在ニュージーランドでパイロットの訓練をする若者のブログ

現在からみた過去

お茶屋も、レセプションも、考えてみればやってる当時はものすごくどーでもよかったり、やめたいと常日頃叫んでみたりしたものの、過去を振り返ればやはりそこにあった達成感的なものを感じることができるのではないか、って話。

 

最近ふつふつと思う。

今、海外にきて「ワーホリ」でその辺のアルバイトをしてるわけだけど、それが自分にとってはどうしようもなくツマラナイ。果たしてこんなことをしていてどうなるんだろう?この経験が人生に及ぼすプラスの影響ってなんだろう?と非常に考えさせられる。

 

この今感じてる現状も、1年後どう思ってるのかは、わからない。

ただ、今は非常に無益に終わったとしか思っていない。逆に、そう感じているからこそ、過去とよく比較できる。過去の職場は、(良い意味で)こんな面があった、あんな面があった、あれが良かった、これが良かった。と。

 

レセプションもやってる時には、結構やめたい!とか、つまらない!と言っていたことを感じさせられる。例えば、フェイスブックの過去の投稿を見た時とか、LINEで友達とのチャットの中で、過去を遡ればそういった言動があったり、良くない印象を抱いていたのだと。

 

そして今があったときに、「でも」レセプションにおいても良かったことってのはたくさんあったな、と思う。仕事それ自身にしても、日々変わる到着客・出発客の管理、を事細かにするのが楽しかったり、物事を完璧に仕上げることを追求したり、新しい発想を職場に取り入れたり、客が「こうしたい」と言ったわがままでない要求に応えること、その力添えをすることが楽しかったり。職場の人間関係も、割と仕事をやったるでームードでこなす人が多かったためか、職場外でも一緒に飲みに行ったりご飯に良く行ったり、そういうのが素晴らしかったり。

 

逆に今の環境にないものがたくさんあったから、それが愛おしいだけなのか。

 

その時はわからないことも、過去には分かるようになっていたり、何か新しい気づきや発見も、時間の流れが教えてくれることなのか。

 

自分では難しい視点を変えるってことも、時がそうさせてくれることも、あるようだ。