読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Boeing 737-800に乗りたいP訓練生のブログ

現在ニュージーランドでパイロットの訓練をする若者のブログ

不安

雑記

不安って面白いなーと思って。原因はいろいろあって、それをみることによって、自分はどういう人間だ、こういう人間だ、と思えるから。そこで2つの不安を書こうと思った話。

 

1つは、病気になった話。からの派生。

病気って言うとなんとなく重篤な感じがするし、相手の不安をも煽ってしまうからあまり好きな言い方ではないんだけど...。まぁ、細菌感染(であろう、と言われてるけどほんとかどうかは分からない)を起こして、身体が異常を起こして、足に炎症が起きて、超激痛が走るっていう。

最近は夜上がってた熱も、多分微熱くらいに収まってるし、日々の生活でぐーんと熱があがることもないし、痛みもだいぶ収まって来たように思う。マシになってきてるんだろうか?という具合なので、前ほど、「ああ日本に帰らなくちゃいけないかも」感は薄れてきた。

 

前に、「日本に帰らなくちゃいけないかも」と思ってた頃は、本当に本当に不安で、その不安も「自分の身体が壊れる」とかそういうことではなく、むしろ、自分のしたいこと、航空の道に進むこと、その道に進めばできるようになること、も全てなくなってしまう、野望とかゴールとか、そんな話じゃなくなる、っていうのが結構な恐怖だった。よく考えたらこれはオカシイのかもしれない。自分の身体を案じるよりも、まず自分の目標を案じる、的な。

 

きっとそれが自分にとって、生きる意味だと思っていたから、それがなくなるってことは自分じゃなくなる、だから身体のことはどうでも良かったのかもしれない。人は死ぬときに、こうやって思うのかもしれない。「あれさえ出来ていたらな」とか、悔い...ではないけど、自分の生きる意味について気がつくときがくるかもしれない。

 

...そして、そこまでの思いがなければ、自分はここには当然、いない。だからより一層かもしれない。

 

明日もう一度医者にいって足の具合を確認してもらうことにしよう。

 

 

もう1つの不安。

パイロットの世界は、とても武士道的である、と思うことがある。

かなり、精神論を重視したり、考え方とか、やり方とか、諺とかを上から下へと伝承していく節が見られる。ある流派の道場で、そこの道場のポリシーを門下生に教えていく、みたいなそんな感じだと思う。

 

かなり日本で古く有るタイプの航空会社はそういうのを重んじていると思う。

さて、自分も海外にいて、パイロットを目指す人間として、当然学ぶべき、姿勢、見方、ものの考え方があるのではないかと思う。こういうのは人によって、かなり「できる」「できない」が分かれる部分だと思う。当然人生経験だったり、生まれつきもった考え方だったり、性格だったりで、それが飛行訓練を行っている時と、状況を決めたときに「よい」「わるい」になりうる、と思っている。

 

誰かに言われた言葉があって(←こういうのが武士道的)、「最初からパイロットになれる人間はいないから、パイロットであるように自分を変えていくことが必要」と。つまりすべてが自分のありのままじゃ、誰ひとりとしてパイロットには向いてないから、向いている人間に自分を作り変えていけ、とそういう話。

 

それを「パイロット像」になりきれる人が、きっと成績も良く、良い吸収ができて、訓練もスムーズにいき、日本でも求められる人間になるんだろうと思う。

 

私はそういう人間になりきれるんだろうか?

 

と、それが今の不安。

なりきれなきゃ、自社養成のコースにいた場合、間違いなくフェイルするわけだし...。そもそもフェイルしないように、自分を作って、できる人間にしていかなければいけない。その素質は自分にあるのか....できるのか......と考えるだけでもハゲそう。

 

人はもともと飛べるようにはできていないから、学ぶ必要がある、と。でもボーイング曰く、普通の人間でも飛ばせるようにした機械が飛行機だと。だから愚直に学べば誰にでもパイロットが〜〜〜〜〜

 

 

なんて言うけどさ。

言うけどさ。

 

不安なんだよね。やってもいないからむしろね。やってしまえばなんとかするしかないんだけど。

 

日本にン千人パイロットいて、彼らの学生時代はどんな気持ちだったんだろうね。はー。

 

おわり。