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Boeing 737-800に乗りたいP訓練生のブログ

現在ニュージーランドでパイロットの訓練をする若者のブログ

ニュージーランド 海外 生活 雑記

親についての話をちらっと。

 いつだろう。

夜の大阪のグランフロントあたりを親とうろついている時に、将来こんなことがしたくてだな。と言った。当然、それはパイロットになりたくて。という趣旨の。

 

その頃、ちょっと実家が自営業やってて裕福な友人(彼もパイロットになりたかった。)と頻繁にご飯に行ってて、その度に航空業界今こんなでな。あんなでな。将来はこうなってたいな。と将来のビジョンをお互いに語り合ってたことを思い出す。彼は諸事情あってパイロットになる道を諦めたが。

 

「当時」と言うと、なんかその頃だけしか熱くなかった。みたいに聞こえるかもしれないけど、まぁ、将来どうしようか。でもやっぱパイロットになりたいしな。と本格的に人生に迷った時に、友人とそんな話をしてたものだから、まぁ熱く熱くなってた。それに、自分のできることは全部やろうと思ってたから、航空大学校、自社養成も次どうするか。自費は。なんて話もしていた。自費なんてバカバカしい。と思っていた視点を変えてくれたのは彼がいてこそ。彼は足繁く大阪にある航空の学校に通い、情報を得ては自分に教えてくれた。だから、ある程度投資こそ必要になるかもしれないけど、不可能な道じゃないっていうことも彼から学んだ。もちろん彼だけではないが。

 

 

そう。大阪・梅田の夜に、親が偶然来ているときに、そういう境遇だった自分から、自分はこんなことがやりたくて。と言うと、「やりゃいいじゃない」と言ってくれた。はぁ。当時は口からかるーく言葉を出したんじゃないかというほど、言ってたのかと思うほどあっさりだった。でも、その為の支援もするから。と言ってくれた。

 

 

航空とはまったく関係のない学校に通っていた自分は、卒業式にきてくれた親に手紙を書いた。実は。臭いけど本当に。

その中に、まぁ自己中心というかなれ果てを書いた。突然こんなことを言い出してごめん、と。実は小さい頃から航空に興味があって、一時期鉄道を目指してた時期もあったけど、兄が大学に行ってから(会うために)飛行機を使う機会が増えた。大学の時も一人で頻繁に飛行機に乗るようになった。そして興味が湧いて、大学で自分のやりたいようにやってたら、現役パイロットにも会うようになって、目指したい方向はそっちだと分かった。大学での学びはしっかりやったと思うし、大学に行くために支援してくれてありがとう。ただ、これからは航空を目指し続けて、社会人をやっていきます。

 

的な。もう少ししっかりした文だったと思うけど、ざーーーーーっくり書くとこんなような旨のことを書いた。そして仕事を始め...なんやかんやとやっているうちに、親に実家を(ポジティブな意味で。)蹴り出され、はよやることやってこいと。そして今に至るわけです。

 

「てめぇに支援できるのは無限じゃねえんだぞ」的なことを言いながら家を蹴り出してくれた親には今も感謝しかありません。自分がしーっかり稼げるようになったときには、自分の給料なんかいらないから、とにかく親に恩返しができるような働き方をしたいなぁと思うし、今一番飛行機に乗せたい人間といえばやっぱり親ですかね。

 

今は親に最小限の負担で、最大限の恩返しができるように最速でエアラインに入りたいなぁなんて思いながら訓練してます。その時に生きてくる言葉は、航大生にもらった「眼の前のことに必死になれ」なんでしょうね。今がなきゃ次もありゃせんと。

 

 

そんな親は、わざわざ遠い日本から日本食やら米やら煎餅を送ってくれます。日本帰ったら土下座しなきゃ。

 

 

おわり。