空をとびたいP訓練生のブログ

現在ニュージーランドでパイロットの訓練をする若者のブログ

約束

約束と物事の放り投げについて。

 

昔勤めていたお店で、信頼のおける先輩(たぶん一回りは違う)に、「おめぇのやっている仕事は、いいか、お客様との約束だからな」と言われました。

 

そのお店は小売りの専門店で、少し売っているものの単価が高く、接客して販売をするというような仕事でした。そこでは、当然日常的にそこの商品を使うお客さんもやってくるのですが、他にも法事や結婚式で使われるギフトとしてもよく売れていました。

 

当然、お店に置いてあるものは中身を展示してあるので、ギフト用の包装はされていませんし、要望によってはその商品のパッケージを替えてギフト用にするのも店員である自分の仕事でした。そして、たいていそのギフトの完成には期限がありました。小さいものならものの5分、数の多いギフトなら、4日くらいかかったり。まぁいろいろでした。

 

でね、当然人間だから間違いを犯すこともありました。やってはいけないことの1つですが、最悪の場合中身を間違えたり、中に入れる「使い方」の紙を入れ忘れたり。小さなミスから大きなミスまで色々ありました。

 

で、その先輩の言う「約束」とは、そういう場面において、対人関係があるのだから、その対「人」の期待していることを裏切るんじゃねえぞ、それくらい意識して仕事しやがれ。ということでした。実際の物言いはものすごく柔らかいものでしたが、その言葉たるやプロそのもの。あっぱれでした。

 

 

いつも物語調で話し始めて、「じゃあこいつは何を言いたいんだ」というところに達するのが私の書き方の悪いところなのですが、で、本題です。

 

その仕事はもうしていないので、その意識があろうがなかろうが良いのですが、その仕事で得たことを人生に応用できるのではないかと考えたのです。

 

どういう風にか、と言うと、人間やっぱり面倒臭いこと、面倒臭くなる時はいくらでもあります。人間生きていればそんなものだと思います。今日勉強したくねぇ。今日洗濯したくねぇ。今日料理作りたくねえ。

 

「やりたくないこと」はなんでも良いのですが、まぁそういうことがあったとしましょう。その時に、自分に「約束」を課して見るのです。

 

よし、やーめた。今日はやんねえ。で、約束を課します。「じゃあ」です。"今日はやめる"というdealを自分に取らせましょう。これはすごく高価なものです。その時に、何か引き換えに、「絶対やらなきゃいけないこと」を作るんです。

 

すごく身の回りのことでアレですが、自分は筋トレが面倒臭くてやりたくないと言った時に、7日連続で続けてるし筋肉を休ませるという意味のわからない理由をつけてサボらせます。自分を。「やったー休息日だー」となるわけです。でね。もちろん自分自身はそんなことをタダでは自分に与えないので約束を作ります。「じゃあ」「明日は必ずやろう」これで、取引成立です。

 

自分にとって、これはくだらないように見えるけれども、すごく価値のあることです。数字として見えているのかどうか、なんて不毛な議論はしませんが、物事が続くようになります。まぁ、それで結果ってそのうち出てくるのかもしれませんが。

 

某youtuberも言っておりましたが、「成功は努力を続けていく過程で見つけたチャンスを逃さず捕まえることで成し遂げられる」と。なので、そういう小さなことほど続けないと意味がないんですね。どうしようもなくやりたくない時はあるので、これはexcuseです。

 

それでも投げ出してしまうようなことであれば、もともとそれだけかける熱量がないっていうこと、果てはそれに費やさなくても構わないこと、が行動として結果になっているだけなので、そもそもそういったものはとっとと投げ出した方が良いと思います。

 

少し脱線しますが、よく「夢」とか「そうあるべき姿」とか「人に言われて」とかで、やりたくないことを無理に自分に課していることがよくあるかと思いますが、はっきり言うとそれに気が向かない時点で自分が自分のためにやるべきことではありません。心は頭で考えるよりももっと素直に表現してくれるので、そういうのを見逃さず行動していくことが大事のような。そこにいくら約束を課しても無駄なので、本当に大事だと思うことにこそ、こういうものは使うべきだと思います。

 

 

おわり。