空をとびたいP訓練生のブログ

現在ニュージーランドでパイロットの訓練をする若者のブログ

事業用操縦士学科試験

CPLの学科を受けてきたよーっていうお話です。

 

お久しぶりです。

適度に働き適度に飲み、適度にリラックスしながら勉強しつつ、先日27日に東京にて事業用操縦士の学科試験を受けて来ました。

 

例のごとく、ちょっと事実を基につらつら〜っと書いてみます。

 

自分がめちゃくちゃ不安だったのは、やっぱり働いてるから会社のボスに「休みほしいんだけど」って言うのに間が欲しかった。だって1日前 2日前に3日休みちょうだいって言って「ええ...早く言ってよぉ」ってなるのがオチだったもんで。

 

で、できること、わかることは早く行動し、準備し、整える。ってのが大事だとこの2年くらいで学んだんだけど、航空局が発表する「学科試験の年間スケジュール」はいつ発表されるのかと3月半ばからドキドキしながら待っておりましたところ、確定したものが3月終わり、そして4月中頃に5月分の学科試験の実施詳細が発表されました。

 

例年の感じだと、20日か27日かそのあたりの週で学科試験が実施され、そして東京大阪のみの実施。そして自家用はないという前情報だったので受けられるところから、事業用を受けてきました。

 

こちらも通常通り、4月中頃からテストの受付を開始し、受験申込の可否はよくわからず気づいたら(今回は5月27日のテストに対し5月10日前後に受験票が届きました)受験票がポスティングされているという...。こういうのも少なくとも無線協会みたくネット照会できるようにすればいいのにという感想を毎回抱くんだけど...。

 

受験の会場は、通常どうなっているかわかりませんが、今回はお茶の水女子大学の第二共通講義棟だかなんだかというところで行われました。受験票には第一と書かれていたのに実際は第二で行われました。特に変更通知もなく、勝手に気がついたら変わっていたという感じです。

 

大学入口の警備の方に詳細の場所を聞いたら良かったのですが、聞かずに「このまま進んでりゃ着くだろう」思考で行ってまさかの教室変更(?)に気づかずその辺を歩いていた試験官にお世話になることになってしまいました。(笑)

 

教室に入ってびっくり、試験の開始時刻が10時40分、おそらく入室開始可能時刻が10時20分なのにもかかわらず10時10分に教室に行ってみると受験者はおろか試験官すらいないという。な、なんだこれ。千歳の会場とは雰囲気もやり方も全部違ったのでびっくりしました。

 

試験官に「座ってていいよ」と言われたので座っていると、おそらく迷っていたであろう残り3〜4人の受験者が試験ギリギリになってボロボロと入ってくる。そりゃそうだ。受験票は第一って書いてるのに実際蓋をあけてみたら第二だ。そりゃ迷うわ。そして張り紙の少なさ。今後試験を受ける皆様は急な教室変更と大学内での建物探索にかかる時間を見越してかなり余裕を持って来ることをおすすめします。。。

 

試験番号の書かれた札は合計9枚くらいあったけれども、試験官の話を聞くとどうやら6名だか7名だかの受験者がいて、実際その場にいたのは自分含めて4〜5人。そして空席が目立つ。5600円も払って空席にするのか。

 

後ろのおにーさんおねーさんがた(20代とおぼしき)はどうやらグループのようだ。グループってなんだ。

 

まぁあとは試験が順調に進んで早めに退室をしました。

話を聞くとどうやら1、2科目目が気象だか工学だけで、どういう理由だか1人も受験者がおらず、全員法規だけの受験者だった模様。そして通信だけを受ける人間もいたとかなんとか。彼らの諸事情はよくわかりません。

 

あとで、その一緒に受験してたグループに話を聞くと、自社養成だったようです。どこの会社かは聞いておりませんが、海外帰りなのでしょう。あのわざわざ一緒に試験会場までぞろぞろくる感じ、仲がよいとかではなく、ベタベタくっつきあってる感、愛想の悪さ、試験の部屋を出たあとにみんなでコソコソ回答を確認しあってる辺り、ああいう行動は本当に好感が持てません。と個人の感想はおいておきましょう。

 

結果の郵送開始は6月8日、本日5月29日に確認してみるともうすでに解答がアップされていたので、やはり3月期のように全国一斉+多くの種類の科目がある時期と比べるとすべてが早そうです。

 

自己採点をしてみたところ、点数は省きますが満点はのがしたので凹みます。マークミスがなければ合格してるはずです。

でも事業用操縦士の学科は、無線と同じで毎回新出のものや、新しい言い回しのもの、新しい選択肢などがあって毎回惑わされます。こいつは出るだろう。という定番問題、例えば救命用具の点検期間やら見張りの義務、NOTAMで通報される事項、VFRのMet minima等は必ず出ると思ってたのにいくつか出ないパターンで、意表を突かれたというか、新鮮でした。でもやっぱり本番はあそこにいく(そのためだけに休みを取り飛行機で飛んだので)労力だけでもすごいのに落としたらやべえというプレッシャーもなかなか強いなぁ。と思ったのでした。

 

 

改めてこういう試験をしてて思うのが、結局自分は今後日本の学校に入って訓練をし、エアラインを目指すわけですが、エアラインに入ってFOとして勤務してる姿よりも前に、目の前の課題に全力を費やさなければいけないわけで、そのゴールの姿なんて想像もつきません。が、確実にやることをやっていればそのうちたどり着くのかなぁ。と思って今できることをがんばります。

 

この「今できることを」ってのはいつだかの記事に書きましたが、航大の人からもらった言葉です。彼女は今元気に飛んでいるでしょうか。

 

おわり。